そうだ、北陸を歩こう👟👟 今回は石川県の白山市。松任駅(まっとうえき)、南口のまわりを散策します。駅前に蒸気機関車、歩いた先にはお城の跡🚃 この駅の北側には、JR西日本の車両所があって、だから松任は昔から「鉄道の町」だそうです。では、南口はなんの町なんでしょうね。のんびり散歩してみましょう👟👟
公園入口の高架下、白い三角モニュメントの予感
松任駅(まっとうえき)南口に到着
ここは一般の車の、乗り降り場所みたいです
白い三角のモニュメントが立っています
白山の山なみを、かたどったんでしょうか
れんが敷きの遊歩道を歩いていきます
木のトンネルみたいになっていますね
新幹線の高架の下が、公園の入口になっています。ここは一般の車の乗り降り場所のようです。広場には白い三角のモニュメントが立っていて、白山の山なみをかたどったものでしょうか。れんが敷きの遊歩道は、木々が枝を伸ばして木のトンネルみたいになっていました。
「一般車乗降場」の案内。奥に、黒い機関車が見えています
蒸気機関車D51、松任は「鉄道の町」
プレートを見ると、D51の822号機
運転台のところは、立入禁止になっています
中には入れないんですね
うしろは、石炭を積むテンダーですね
なぜ駅前に、機関車があるんでしょうね
やっぱり「鉄道の町」だからでしょうか
お、蒸気機関車が置いてあります。プレートを見ると「D51 822」——D51形の822号機だそうです。運転台のところは立入禁止で、中には入れません。うしろに連結されているのは、石炭を積むテンダー。なぜ駅前に機関車があるんでしょうね。やっぱり「鉄道の町」だからでしょうか。
D51の822号機。うしろは石炭を積むテンダーです
暁烏敏の銅像と、松任ふるさと館
松任生まれの、暁烏敏(あけがらすはや)さん
浄土真宗のお坊さんで、思想家だそうです
羽織すがたで、数珠を手にした銅像がありました。松任生まれの暁烏敏(あけがらすはや)さん。浄土真宗のお坊さんで、思想家だそうです。
松任生まれの、暁烏敏さん。浄土真宗のお坊さんで、思想家だそうです
蔵のような、りっぱな建物ですね
「白山市松任ふるさと館」でした
なんと、入館無料だそうです
南口には、こういう施設が多いんでしょうか
道のむこうに、大きな瓦屋根が見えます。蔵のような、りっぱな建物。「白山市松任ふるさと館」という施設でした。なんと入館無料だそうです。南口には、こういう施設が多いんでしょうか。
「白山市松任ふるさと館」でした。入館無料だそうです
すぐそばには、もう一つ立派な建物が。「白山市立 松任中川一政記念美術館」でした。歩いていく途中で、道案内の看板も見かけていました——このあたりは、ほんとうに文化施設が集まっているようです。
「白山市立 松任中川一政記念美術館」の看板と銘板
中川一政記念美術館の建物
れんが敷きの広場と、歌碑
下を、用水が流れていますね
れんが模様の広場に、大きな松が立っています
さっきの銅像、台座に「汝自当知」とありました
自分のことは自分で知りなさい、という意味だそうです
隣の歌碑は、お母さんを詠んだ歌でした
「わが母にまさる 母ありなむや」
並木の道から、住宅街へ出てみましょう👟👟
木の欄干の橋をわたると、下には用水が流れています。れんが模様の広場には、大きな松。さっきの暁烏敏の銅像、台座に「汝自当知」と彫ってありました——自分のことは自分で知りなさい、という意味だそうです。隣の歌碑は、お母さんを詠んだ歌。「わが母にまさる 母ありなむや」。並木の道から、住宅街へ出てみましょう👟👟
大正通りと、朝の住宅街
居酒屋の「山海里」さん
この通りは「大正通り」というんですね
住宅街の、静かな交差点です
標識が2本、並んで立っています
交差点に出ると、朝の光がまぶしいです。居酒屋の「山海里」さんを過ぎたところに、「大正通り」の標識。住宅街の静かな交差点には、標識が2本並んで立っていました。
この通りは「大正通り」というんですね
家の一軒一軒まで、名前が入っています
美術館や、俳句館の名前も見えます
やっぱり、施設の多い町みたいですね
お、まちの案内図がありますね。家の一軒一軒まで名前が入っていて、美術館や俳句館の名前も見えます。やっぱり、施設の多い町みたいです。
家の一軒一軒まで、名前が入っています
モーニングバイキングは、朝6時半から
ワインバーは、夜6時から夜中の1時まで
朝も夜も、開いているんですね
犬の散歩をしている人と、すれちがいます
旅館がありますね。「お宿 つるや」さん
20畳の和室に、10人まで泊まれるそうです
消火栓の標識が立っています
8月1日オープンのお店がありますね。モーニングバイキングは朝6時半から、ワインバーは夜6時から夜中の1時まで——朝も夜も開いているんですね。犬の散歩をしている人とすれちがい、少し歩くと旅館の「お宿 つるや」さん。20畳の和室に、10人まで泊まれるそうです。ペット同伴もできる旅館でした。
旅館がありますね。「お宿 つるや」さん
大通りへ――加賀千代女の句と、プララへの案内
路地の角を、曲がっていきます
「松任学習センター」の駐車場のようです
大きな施設が、この先にありそうですね
松任は、江戸時代の俳人のふるさとでもあります
加賀千代女(かがのちよじょ)といいます
「朝顔に つるべとられて もらひ水」
施設の建物が見えてきました
あの句を詠んだのが、この松任なんですね
俳句に、美術館。文化の町なんでしょうか
車寄せがありますね
車いすのマークも出ています
こちらは、入口専用みたいですね
大通りに出て、路地の角を曲がっていくと「松任学習センター」の駐車場。大きな施設が、この先にありそうです。松任は、江戸時代の俳人のふるさとでもあります。加賀千代女(かがのちよじょ)——「朝顔に つるべとられて もらひ水」の句を詠んだのが、この松任なんですね。俳句に、美術館。文化の町なんでしょうか。案内標識には、市立博物館や美術館・俳句館、学習センターや文化会館への矢印が並んでいました。
案内標識には、施設への矢印がずらり
マレーシア料理店と、施設が続く一角
松任で、マレーシア料理ですか
屋根つきの駐輪スペースですね
施設の入口の前を、通っていきます
ビルが並んでいますね
マレーシア料理のお店がありました。松任で、マレーシア料理ですか。屋根つきの駐輪スペースを過ぎ、施設の入口の前を通っていくと、ビルが並んでいます。角には「白山市労働会館 おかりやプラザ」の建物、市民ギャラリー「おかりや」の看板も見えました。通りの向かいには、地元の酒蔵「天狗舞」の看板を掲げた酒店と、隣に「永楽鮨」の暖簾。生活の匂いがする一角です。
「白山市労働会館 おかりやプラザ」。施設が続きます
酒蔵「天狗舞」の看板と、「永楽鮨」の暖簾
「松任市」の文字が読めます
いまは白山市ですが、合併までは松任市でした
花壇のわきに、松が支えられて立っています
このあたり、施設ばかりですね
ピンク色の御影石の石碑がありますね。「松任市役所」の文字が読めます。いまは白山市ですが、合併までは松任市でした。花壇のわきには松が支えられて立っていて、このあたりは、ほんとうに施設ばかりです。
ピンク色の御影石の石碑。「松任市」の文字が読めます
プララからピーノへ、文化施設が続く
図書館は、平日は夜7時まで
コンサートホールは、夜10時まで使えるそうです
「松任学習センター プララ」という施設でした
図書館とホールが、ひとつになっているんですね
赤茶色の、大きな彫刻がありました。図書館は平日は夜7時まで、コンサートホールは夜10時まで使えるそうです。「松任学習センター プララ」という施設。図書館とホールが、ひとつになっているんですね。
「松任学習センター プララ」という施設でした
こちらは「松任文化会館 ピーノ」ですね
大ホールもあります
大きな歩道橋の下を、くぐります
図書館に、ホールに、美術館
交差点に医院の案内が出ています。こちらは「松任文化会館 ピーノ」——大ホールもあるようです。大きな歩道橋の下をくぐりながら、図書館に、ホールに、美術館。この一角だけで、松任の文化施設がぐるりと揃っている印象でした。
こちらは「松任文化会館 ピーノ」ですね。大ホールもあります
高架下の待合スペースから、竹垣の小径へ
奥に、ホテルが見えますね
高架の下は、コンクリートの建物ですね
ガラスばりの待合スペースになっています
細い路地に入ってみましょう👟👟
通りに戻ってくると、奥にホテルが見えます。高架の下はコンクリートの建物で、ガラスばりの待合スペースになっていました。椅子が並んで、時計もかかっています。細い路地に入ってみましょう👟👟
高架の下は、ガラスばりの待合スペースになっています
芝生と、木立が広がっています
竹垣にそって歩いていきます
園路が、ゆるく曲がっていますね
公園にしては、ずいぶん立派な造りですね
大きな松と、石のベンチがあります
公園に出ました。芝生と木立が広がっています。竹垣にそって歩いていくと、園路がゆるく曲がっていて、公園にしては、ずいぶん立派な造り。大きな松と、石のベンチもありました。
竹垣にそって歩いていきます。公園にしては、ずいぶん立派な造りですね
忠魂碑と、芝生の広場
「忠魂碑」と彫ってありますね
両脇の灯籠には「献燈」の文字
お花が供えてあります
いまも手入れが、されているんですね
石灯籠のあいだに、石段が見えます。大きな自然石に「忠魂碑」と彫ってありました。両脇の灯籠には「献燈」の文字。お花も供えてあって、いまも手入れがされているんですね。
「忠魂碑」と彫ってありますね。いまも手入れがされているんですね
ここ、なんの公園なんでしょうね
公園の出口まで来ました
芝生の広場に出ました。大きな木々が枝を広げていて、気持ちのいい場所です。ここ、なんの公園なんでしょうね——そう思いながら、公園の出口まで来ました。
芝生の広場に出ました。ここ、なんの公園なんでしょうね
松任城址公園――駅のすぐそばにあったお城
駅のすぐそばに、お城があったんですね
平安の終わりごろ、松任氏の館が始まりだそうです
通りに出ました
戦国時代は、一向一揆の拠点になりました
高架のむこうが、駅です
1580年、柴田勝家の軍に攻められて落城
駅前のロータリーに戻ってきました
そのあと前田利長、丹羽長重と城主が変わりました
立体駐車場は、30分まで無料だそうです
江戸のはじめ、一国一城令で廃城になりました
タクシーが待っています
いま歩いてきた、文化会館や学習センターは
二の丸や三の丸の跡なんだそうです
屋根のある連絡デッキを通ります
「千代女の里俳句館」も、出丸のあたり
南口は、まるごとお城の跡でした
石碑に「松任城址公園」とありました。駅のすぐそばに、お城があったんですね。平安の終わりごろ、松任氏の館が始まりだそうです。戦国時代は一向一揆の拠点になり、1580年、柴田勝家の軍に攻められて落城。そのあと前田利長、丹羽長重と城主が変わり、江戸のはじめの一国一城令で廃城になったそうです。いま歩いてきた文化会館や学習センターは、二の丸や三の丸の跡。「千代女の里俳句館」も、出丸のあたりなんだとか。つまり、南口は歩いた場所まるごとがお城の跡だったんですね(松任城址公園の看板の写真は、末尾の番外編に載せています)。駅前のロータリーに戻ってくると、立体駐車場は30分まで無料。タクシーが待っていて、高架のむこうに駅舎が見えていました。
「まっとんまっし」――白い三角モニュメントの意味
「まっとんまっし」という名前だそうです
石川の言葉で「待っててね」「また来てね」
ゆっくり歩いた、松任
歩かないと見れない 松任の街を楽しめました
そして駅前の、白い三角のモニュメント。歩き始めに見かけたあのモニュメントには、「まっとんまっし」という名前がついているそうです。石川の言葉で「待っててね」「また来てね」という意味。ゆっくり歩いた、松任。歩かないと見れない松任の街を楽しめました。